輝緑巖 化學(xué)特性,用途語(yǔ),生産方法
解説
輝緑巖はブロニアールによって,緑色巖,トラップ,玄武巖から獨(dú)立した巖石として認(rèn)められた[Brongni-art : 1807].輝緑巖とは交差する(crossing over)という意味のギリシャ語(yǔ)(diabasis)であり,輝緑巖はドレライトが変質(zhì)したという考えによったものである.diaはギリシャ語(yǔ)からの借用で,通過(guò)する,分離する,橫切る,の意味.フランス語(yǔ)のdia(diは2)を誤って2の意味でdiaとし,これを基礎(chǔ)の意味のbaseを付けて,1816年にdiabaseと名付けたという説もある[ランダムハウス : 1994].暗緑色の粗粒玄武巖質(zhì)巖石で,塩基性の半深成巖として扱われる。普通,変質(zhì)していて,粗粒玄武巖と同様の組織および鉱物成分をもつ。斜長(zhǎng)石がソーシュル石に変り,曹長(zhǎng)石,緑簾石,黝簾 (ゆうれん) 石,石英,白雲(yún)母などの細(xì)粒鉱物集合塊となったものや,輝石が緑泥石や陽(yáng)起石に変化しているような変質(zhì)した粗粒玄武巖をさすことが多い。ツィルケルは現(xiàn)在の輝緑巖の知識(shí)の基礎(chǔ)を作り,その成分,組織,産狀などを決めた.
鉱物成分としては輝石,ラブラドライトを主成分とし,緑泥石はあったりなかったりする.玄武巖は第三紀(jì)から現(xiàn)代までに噴出したもので,輝緑巖はそれ以前の古いものと考えられたが,これには時(shí)代的な考えが入っているので批判がある.英國(guó)でティールは輝緑巖はオフィティック組織をもつものとし,分解作用や交代作用の進(jìn)んだものと考えた.ハーカーは輝緑巖をすべてドレライトとしており,ホームスはドレライトの変化したものを輝緑巖としている.現(xiàn)在英國(guó)の巖石學(xué)者は輝緑巖を用いずにドレライトを使用しており,ノッコルドたちもこの流れに沿っている[Nockolds, et al. : 1978].一方,米國(guó)では輝緑巖を斑糲(はんれい)巖と同じ鉱物組成をもつオフィティック組織の貫入巖としており,巖石の変化は問(wèn)題とせず,ドレライトの語(yǔ)は不用とする傾向が強(qiáng)い.対応する噴出巖は玄武巖である.朝倉(cāng)書店 巖石學(xué)辭典について 情報(bào)
鉱物組成
多くの研究者の意見は,鉱物組成は塩基性斜長(zhǎng)石と輝石が主體で,玄武巖相當(dāng)の成分であって,オフィティック組織をもつ巖石を輝緑巖とすることでは大體一致している.さらに巖石の変化は不要と考える人が多い.オフィティック組織については,ローゼンブッシュは斜長(zhǎng)石が先に晶出し,輝石が後であるとの考えをもっているが[Rosenbusch : 1877],ボーエンやフェンナーは斜長(zhǎng)石と輝石の同時(shí)晶出によるものであると考えている.様々な輝緑巖があり特徴的な巖石にはそれぞれ名稱が付けられている.方解石を含むものをカルク輝緑巖(calc-diabase)といい[Cotta : 1862],方解石で充填された杏仁(amygdale)を含むものを輝緑巖マンデルスタイン(diabase-mandelstein)という[Cotta : 1875].斑狀の輝緑巖を輝緑巖斑巖(diabase-porphyry)という[Lasaulx : 1875].diabaseの日本語(yǔ)は,1884年に小藤文次郎は“礞(ぼう)巖”としたが,地質(zhì)調(diào)査所では輝緑巖を用いた.1888年に西山省吾は輝緑玢(ひん)巖(diabase porphyrite)を用いた[西山 : 1886, 歌代ほか : 1978].
輝緑巖 上流と下流の製品情報(bào)
原材料
準(zhǔn)備製品